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青森地方裁判所 昭和27年(行)19号 判決

原告 開米耕夫

被告 五所川原市三好地区農業委員会

補助参加人 青森県知事 外一名

主文

被告が昭和二十四年八月十五日付をもつて別紙目録記載農地についての農地買収計画を取消した決定は無効であることを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、補助参加によつて生じた分は補助参加人の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告は、「被告が、昭和二十四年八月十五日付をもつて別紙目録記載農地についての農地買収計画を取消した決定、並に、昭和二十七年二月八日付をもつてなした別紙記載農地についての農地売渡計画を取消した決定、はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告、並びに、補助参加人両名は、「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告はその請求の原因として次のように主張した。

(一)  別紙目録記載の農地は元補助参加人長尾一郎の所有に属し、原告はこれを賃借耕作していたところ、被告(当時、三好村農業委員会以下同じ)は本件農地が補助参加人長尾一郎の所有農地のうち、旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称する。)第三条第一項第二号に定められた面積(以下、単に保有反別と称する。)である一町三反を超える小作地に該当するとして、昭和二十三年二月二十日、農地買収計画を定め、翌二十一日この旨を公告し、十日間の縦覧期間を経たが、この間異議申立なく、本件農地は昭和二十三年三月二日付をもつて買収せられ、青森県知事は遅くとも昭和二十五年十二月二十日までに補助参加人長尾一郎に対し買収令書を交付した。

(二)  しかるに、補助参加人長尾一郎は昭和二十四年七月十五日、被告に対し、本件農地が保有反別を超える小作地ではないから、本件農地買収計画を取消されたき旨、異議を申立て、被告は右異議申立を容れて同年八月十五日、右計画を取消した。

(三)  その後、被告は昭和二十五年十月二十四日、本件農地について売渡の時期を昭和二十三年三月二日、売渡の相手方を原告とする農地売渡計画を定め、即日公告し、十日間の縦覧期間を経、適法の手続によつて売渡手続が進行し、青森県知事は昭和二十五年十二月二十日、売渡通知書を発行し、これが交付方を被告に依頼した。しかるに被告はこれを保管したまま原告に交付しないが、他面、原告は昭和二十六年三月中に三好村収入役からの命令によつて本件農地の売渡の対価たる金千百円を納入した。

すなわち、原告は現実に該通知書を受領してはいないけれども、右のような場合には法律上これが交付のあつた場合と同視し得るのであるから本件農地はすでに原告の所有に帰している。

(四)  しかるに、補助参加人長尾一郎は昭和二十七年一月十日、被告に対し、本件農地売渡計画についても異議を申立て、被告は同年二月八日、右異議を容れて右計画を取消し、同年二月十三日原告に対しその旨を通知した。

(五)  しかしながら、被告の定めた前記の、買収計画並びに売渡計画はいずれも適法なものであつて、なんらの違法がないにもかゝわらず恣にその後の事情を理由に、補助参加人長尾一郎の異議を容れてこれを取消したものである。従つて右のような取消決定はいずれも法律上その効力を生ずべき理由なく、又被告は右のように確定した計画を取消すことのできる法規上の権限を有していないのであるからこの点からも右のような取消決定はいずれも無効というべきである。しかるに、被告は右の各取消決定を有効のものとして、本件農地が補助参加人長尾一郎の所有する小作農地である、と主張し、原告の本件農地に対する所有権を否認して争うのでこれが無効確認を求めるため本訴に及んだ。

(六)  なお、被告の主張する違法原因事実はすべてこれを争う。

殊に、本件農地買収計画が定められた当時においては、補助参加人長尾一郎の所有する小作農地を、その同居の親族たる長尾角左ヱ門の所有する小作農地と合算すれば、本件農地を除外するも、なお一町三反を計上することができるのであつて、なんらの違法は存しなかつたものである。

三、被告はこれに対して次のように答弁した。

(1)  原告主張(一)のうち、公告縦覧の手続のなされた日(但し、公告縦覧がなされたことは争わない。)、買収令書交付がなされたこと、並びに、買収の効果が生じた、との主張はこれを争うが、その余の事実は争わない。(二)は認める。(三)及び(四)のうち被告が売渡計画を樹立したとの点並びにこれを取消したとの点は否認する、さきの買収計画が参加人長尾の異議申立により取消されているからこれを前提とする売渡計画を樹立したようなことはない。仮に原告主張の如く計画が樹立されたとしても、それは錯誤に基く無効のものである。売渡通知書交付の効果が生じた、との主張はこれを争う。その余は争わない。又売渡代金徴収の事実は争わないがそれは所管庁である県の創設課と経理課との事務連絡不十分のため誤つてなされたものであるからこれにより何等の効力を生じないことは勿論である。(五)はすべて否認する。

(2)  被告が本件農地買収計画を取消した経緯は次のとおりである。

すなわち、本件農地は保有反別を超える小作農地として買収の手続がとられたのであるが、昭和二十四年七月十五日これに対し所有者たる補助参加人長尾一郎から、本件農地は保有反別内のものであるから買収の対象にならない旨異議を申立てたので、これを調査したところ、同人の異議申立は申立期間を経過していたけれども、調査の結果、同人は本件農地買収計画を遅れて了知したことが判明したので、宥恕すべき事由ありと認めて実質的審査をなし、保有反別を割つた買収手続がとられていることが判明したので、本件農地買収計画を取消したものであり、これに対してはなんらの異議申立もなかつた。

四、証拠〈省略〉

理由

一、本件農地が補助参加人長尾一郎の所有に属し、原告がこれを賃借耕作していたこと、被告が本件農地を補助参加人長尾一郎の保有反別を超過する小作地として自創法第三条第一項第二号に則り昭和二十三年二月二十一日、同年三月二日を買収の期日とする農地買収計画を定めたこと、被告が右の買収計画を公告し法定期間関係書類を一般の縦覧に供したこと、これに対し補助参加人長尾一郎が昭和二十四年七月十五日に至り、本件農地は前記面積を超える小作地でないとして異議を申立て、被告が右異議を容れて同年八月十五日右の買収計画を取消したことは当時間に争がない。

原告は、補助参加人青森県知事は右被告の樹立した買収計画に基いて既に買収令書を発行しこれを補助参加人長尾一郎に交付している旨主張するけれどもこれを認めるに足る証拠がないから原告の右主張は採用できない。

又、被告並びに補助参加人青森県知事は、右買収計画の公告縦覧は相当期間遅延し行われた旨主張するけれどもその具体的な日時についての主張立証がなく、従つて右は前記計画樹立後間もなく行われたものと推認するのを相当とすべく、然らば前示補助参加人長尾一郎の異議申立は法定期間経過後の申立に係るものといわなければならない。

二、そこで、被告のなした右買収計画取消処分の当否について案ずるに、被告は前認定のとおり被告は補助参加人長尾一郎の本件農地買収計画についての異議申立に対し、これを受理して実質的な審査をなしたうえ、右計画を取消したものであるが、右の異議申立は農地買収計画が定められ、異議申立期間も経過し、右計画が確定してから、一年四ケ月余を経過した後になされているのであるから、買収手続も相当進行していることが明らかであつて、このような場合には異議申立期間経過直後の異議申立に対する審理とは異なり、特に宥恕すべきような客観的な事情が明らかな場合に限つて、その裁量によりこれを受理することができるにすぎない、と解すべきところ、本件については右のような特段の事情の存したことを窺わしめるに足る証拠も存しない。

のみならず、右のような場合には、農地買収計画を取消すことによつて従前の形成された法律状態を覆えすことが自創法の達成しようとする公益上の要求に背馳しない場合でなければ該計画の取消決定をなしえないものと解すべきところ、被告が右計画を取消した理由についてみるに、本件農地が保有反別限度内のものである、というのであるが、その成立に争いのない丙第一号証、甲第四号証の各記載証人長尾角左ヱ門の証言、原告本人尋問の結果を綜合するときは本件農地買収計画が定められた当時における長尾一郎及びその世帯を同じくする父長尾角左ヱ門の所有する小作農地の合計反別は本件農地を含む五所川原市大字鶴ケ岡字鈴方二四番の一号田六反四畝十一歩を除外しても一町二反六畝四歩であること、本件農地についての農地買収計画が取消された後においても右両名から合計七反一畝四歩の農地につき買収がなされていること、補助参加人長尾一郎は本件農地買収計画が取消された後、本件農地を含む字鈴方二十四番の田を一号ないし四号に分筆し、うち一号は保有反別内のものとして確保する手続を講じたこと、が認められるので、以上の事実を綜合すれば、本件農地の所有者たる補助参加人長尾一郎は買収せらるべき農地を選択する権利ありとし、異議申立においてこれを主張し被告もまた右のような異議申立があつたときは農地所有者の意思に従つて買収農地を定めるべきものとして、異議を容れて取消し、あらためて本件農地以外の農地について買収手続を進行せしめたことを推認することができ、他に右認定を左右するに足りる特別の事情について主張も立証もない。

しかしながら、自創法による農地買収手続は同法第六条第四項に定める規準によつてのみなされるべきであるから、農地所有者に買収農地の選択権を認め、農業委員会がこれに拘束せられるが如きは同法の容認するところではないから、被告が補助参加人長尾一郎の異議を容れて、本件農地買収計画を取消したのはこれを正当づけるなんらの法律上の理由も存しない違法のものというべきである。

三、以上のように、被告は補助参加人長尾一郎の本件農地買収計画についての異議申立に対し、宥恕すべき事情も明らかでないにもかゝわらずこれを受理したばかりでなく、その実体に入つての審理に当つてもなんら法律上の根拠もなく異議を容認して右計画を取消したのは明白かつ重大な瑕疵のある決定として、法律上その効力を生ずべきいわれはない。よつて、被告が昭和二十四年八月十五日本件農地買収計画を取消した決定の無効確認を求める原告の請求は正当として認容すべきである。

(従つて、被告および県知事は、右計画について自創法に則り手続を進め買収令書を補助参加人長尾一郎に交付したうえ、政府に対する所有権移転登記の嘱託をなすべきである。)

四、つぎに被告が昭和二十七年二月八日なした本件農地売渡計画を取消した決定の無効確認を求める請求の部分についてみるに、原告が農地法施行期日たる昭和二十七年十月二十一日までに本件農地についての売渡通知書の交付をうけていないことについては当事者間に争いがないところ、このような場合には自創法による売渡手続は農地法の施行によつてその効力を失つてしまうので、原告は右のように現に効力を失つてしまつた農地売渡計画についてその取消決定の法律上の効力を争う法律上の利益を有しないから、原告の主張についてこれを判断するまでもなく失当としてその請求は棄却せられるべきである。この点につき原告は本件農地についての売渡通知書は青森県知事がすでに発行して、その交付手続を被告に依頼し、現に被告の手中にあるから、右のような場合には売渡通知書の交付があつたのと同一の法律上の効力を有する、と主張するけれども、現実に原告にその交付がなされていない以上、その主張は採用できない(なお、補助参加人青森県知事はさきの買収手続完了後農地法に従つて、原告に対する売渡手続をとるべきである。)。

五、よつて、原告の農地買収計画取消決定の無効確認を求める部分は正当であるのでこれを認容し、農地売渡計画の無効確認を求める部分は失当としてこれを棄却し、なお、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 田倉整)

(別紙省略)

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